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2010年11月 アーカイブ

2010年11月05日

YEO

昨晩はYEOという35歳以下の社長が集まる会合に行ってきました。

年商は1億円~20億円程度、ある意味で小規模から大規模になる可能性を秘めたぐらいの規模の人たち。

創業から2年~10年。

20代で独立して頑張った結果、いまこの状態といった感じだ。皆さん、目指す先は高い。

その上のEOという組織には40代や50代の方々が沢山いて、年商は数十億から数百億の方も多い。きっとこのYEOの中からもそんな人たちが出てくるのだろう。


5分~7分程度の事業概要のプレゼンを15名程度が行って2時間半があっという間に過ぎた。
皆さんがそれぞれの視点、方向性で事業を行っていることを知ってとても参考になった。

頭の中をいろんな情報がぐるぐると回り、じーーーーっと考えていた。

結論、

事業をいかに拡大していくかというときこそ、
いかに選択と集中をしなければいけないか。

いかに本業を強くすることを考えることこそが、
拡大につながるか。

その時、拡大ではなく成長に変わる。


原点で何度も何度も分かっていることを、また再度分かった。

そして、自分に置き換えたときそれは何のか。それに近づけた日だった。


2010年11月15日

言葉

土曜日は田崎真也さんのワインセミナーに行ってきました。ロゼとスパークリングの講座でした。実際に目の前でお話してくれます。


日本のワイン業界で最も有名な人と言っても過言ではないでしょう。思慮深そうに話す口ぶりが印象的でした。

考える人ほど簡単に一言を言わない。一言の重みを判断しながら一言一言、言葉に注意して話していく。そんな印象。きっと言葉による痛みや効力を感てきていっらしゃるのではないだろうか。

最近出された本を買った。『言葉にして伝える技術』

「田崎さんがこう言っていた」、
「田崎さんだとこう表現している」、
といったことが人づてに回りまわって誤解が生まれていく。僕も何度か人から聞いたことがある。

ニーチェをはじめ、偉人クラスの方は誰しもそうだろうけれど、田崎さんも同じだろう。

だからこその本の出版かもしれない。真実は本を読めば書かれているから。
人の言葉は参考程度に聞いておき、実際は本やその人自身から聞くことが多い。

言葉は沢山の変数を持っているから聞き取る人の状況でその意味が大きく変わってしまう。

メールでの誤解や問題は多く経験しているので、最近では判断が必要な場合、
25文字以上(くらい)を打つことはやめている。(でもこれは不評な場合が多い。冷たいイメージを与えかることもしばしば。)
メールでの議論は全くしない。不確定要素が多すぎるので議論がとんでもない方向に飛んでいってしまうから。実際に会ってじっくりと話す、もしくは電話をする。

ま、ということはさておき、ワインの味は全て言葉にしなければ伝わらない。美味しさを映像で伝えられないからどうしても言葉になる。言葉の語彙の多さがワインを深いものにさせる。人生も語彙が多ければ多いほど深くなるのでしょうね。

2010年11月29日

起業

起業というのはとても繊細な単語だと、よく思う。もう、私などは起業という言葉とはだいぶ離れている。

歴史から学ぶとするならば、古今東西どこかで誰かが何か新しいことを始め、それを誰かが継承し始め、そしてそれを誰かが壊すというサイクルを行っている。

生物が生まれてかれこれ何億年も経とうとしているけれども、ひとつの個体として長く生きている期間はせいぜい100年そこそこというのは、きっと生物というものは、生きているうちに新しいものを生み、自身は早めに天国に行った方がその生態の進化を考えるならばより効率的だと結論づけている、そういうことなのだろう。自然の摂理だろうか、なんとも手厳しい。

しかしながらあの三菱財閥でさえ、岩崎弥太郎一人では今日の様子を成し得ていないことは明白であって。弥太郎、弥之助、久弥、小弥太という生命のバトンリレーが絶妙であったからこそ現在の三菱グループがあるといっても過言ではないだろう。


一億歳という生物がいないのはなんとも趣深いが、個体としてはなんともむなしい。

つまりは、起業というものは生きて死ぬ人生ゲームの中での一つの章にすぎない。しかしそれなくして物語たり得ない人生もあれば、それなければもっと良い人生たり得る人もいる。

ひとつ言えるのは、つまるところは500年続く企業はこの日本国に一つか二つしかないけれども、10000年続く企業を作りたいと思うのならばそれはそれでやるべきだろう。

またもう一つ言えるのは、この人生(極めて短い数十年)で何か一つでも自らの花火を打ち上げたいと思うのならば、それはそれでやるべきだろう。

ウェブ(網)となるのか、ドット(点)となるのか。どちらでもないとしても、つまりは生命が生まれて死んでいく、その一つの、ただの一つなのだろう。

より語らない時代へ

時代はより語らない方に進んでいるのではないか。つまりはこの文章でさえ、もはや怪しい。

イメージがあって、その実体があればそれで十分だ。


飲食店でいうならば、入りたくなりそうな外観があって、実際に満足たり得るサービスがあれば良い。

あとはWebがRecomend→customerを運んで来る。

偽りのことば → うらぎりのサービス → 負の失望  のサイクルをライバルが行うと、これまたWebがあふれた顧客を救って、、、届けてくれる。

いま、できないことは決して言ってはいけない時代になった。

きっと、、、生きるのが楽になったと思う人が出てくる。


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